裁定取引

 

裁定取引とは?

 

-          本来同じ価格であるべき資産を、異なる市場にて取引されている資産の価格差を利用し、収益を上げる取引

-          上記説明に加えて、「無リスクで」という条件が入る狭義の裁定取引を定義とする場合も多く見受けられる

 

損益(P/L)とは?

 

-          P/L = (キャピタル・ゲイン)+(キャリー・インタレスト)−(コスト・オブ・キャリー)

(売買価格差による収益)  (利息収入)         (保有コスト)

有価証券の場合、

=>       (売却金額−購入金額)       (元本×利率)                     (ファンディング・コスト)

 

以下の取引はあなたにとって有利か?不利か?

 

例1)無担保による資金調達

ある債券が現物市場にて100.00円で取引されていて、同時にその債券で受渡決済が可能な債券先物が先物市場にて99.75円で取引されている。

この現物を元本1億円買って、同時に先物1枚(1枚は1億円に相当)を売り建てる取引はあなたにとって得か損か?

ただし、この債券先物の受渡日は3ヶ月後で、債券のクーポン・レートは4%、マネー・マーケット(コールローン)市場での3ヶ月の取引金利は2%とする。

 

解説1)

P/L = (キャピタル・ゲイン)+(キャリー・インタレスト)−(コスト・オブ・キャリー)

であったことを思い出そう。これらの3要素はこの例の場合それぞれ、

キャピタル・ゲイン          =(元本×売却価格/100- (元本×購入価格/100

= 100,000,000 * 99.75/100 – 100,000,000 * 100.00/100 = -250,000

キャリー・インタレスト=(元本×利回り×保有期間)

= 100,000,000 * (0.04 * 3/12) = 1,000,000

コスト・オブ・キャリー    = (元本×ファンディング・コスト×保有期間)

= 100,000,000 * (0.02 * 3/12) = 500,000

よって、

P/L = -250,000 + 1,000,000 - 500,000 = 250,000

となり、この条件下では、現物を買って、先物を売る取引が無リスクの収益250,000を生み出す。

 

 

例2)レポによる資金調達

ある債券が現物市場にて100.00円で取引されていて、同時にその債券で受渡決済が可能な債券先物が先物市場にて99.75円で取引されている。

この現物を元本1億円買って、同時に先物1枚(1枚は1億円に相当)を売り建てる取引はあなたにとって得か損か?

ただし、この債券先物の受渡日は3ヶ月後で、債券のクーポン・レートは4%、マネー・マーケット(コールローン)市場での3ヶ月の取引金利は6%、この債券のレポ・レートは2%とする。

 

解説2)

P/L = (キャピタル・ゲイン)+(キャリー・インタレスト)−(コスト・オブ・キャリー)

であるが、先の例題の通りに計算すると、今度は無担保のファンディング・コストが6%なので、

キャピタル・ゲイン          =(元本×売却価格/100- (元本×購入価格/100

= 100,000,000 * 99.75/100 – 100,000,000 * 100.00/100 = -250,000

キャリー・インタレスト=(元本×利回り×保有期間)

= 100,000,000 * (0.04 * 3/12) = 1,000,000

コスト・オブ・キャリー    = (元本×ファンディング・コスト×保有期間)

= 100,000,000 * (0.06 * 3/12) = 1,500,000

よって、

P/L = -250,000 + 1,000,000 - 1500,000 = -750000

となり、この条件下では、現物を買って、先物を売る取引は損失750,000を生み出すのでうまく行かない。

 

ここで、レポ市場に注目する。レポ取引とは有価証券を貸し出し、その担保として現金を受け取るといった有価証券と現金の貸借がセットになった取引形態のことである。有価証券の貸し手は借り手に貸借料を請求し、また現金の貸し手(有価証券の借り手)は借り手に金利を請求する。よって、両者(貸借料と金利)はある程度相殺しあうので、現金のみを無担保で借りるよりもコストが安くて済む。この例の場合、レポ・レートの内訳は、

レポ・レート=金利−貸借料

               = 6% - 4%

                =2%

となっていると考えるのが妥当である。(注:レポ・レートはあくまで貸借期間中、現金の出し手に支払う金利であるということを忘れないようにしよう)

 

さて、現金の調達先をレポ市場に切り替えた場合、どうなるか?

コスト・オブ・キャリー    = (元本×レポ・レート×保有期間)

= 100,000,000 * (0.02 * 3/12) = 500,000

よって、

P/L = -250,000 + 1,000,000 - 500,000 = 250,000

となり、この条件下では、現物を買って、先物を売る取引が無リスクの収益250,000を生み出す。

 

IRRとは

Implied Repo Rate(所有期間利回り)のことで、ある有価証券を購入し、一定期間後に売却した場合の収益率のこと。

IRRは、

(売却金額)=(購入金額)×(1IRR×保有期間)

を実現する投資収益率として定義される。ところで、購入金額と売却金額は、債券のような利息収入のある有価証券に対してはその構成部分の内訳は以下の様になる。

購入金額=購入元本+購入時利息支払い分(いわゆる経過利子)

売却金額=売却元本+売却時利息受け取り分(いわゆる経過利子)

よって、先のIRRの式は以下のように変形できる。

(売却元本+売却時利息受け取り分)−(購入元本+購入時利息支払い分)=(購入金額)×(IRR×保有期間)

これはさらに、

(売却元本−購入元本)+(売却時利息受け取り分−購入時利息支払い分)=(購入金額)×(IRR×保有期間)

と変形できるがこれらはすなわち、

(キャピタル・ゲイン)+(キャリー・インタレスト)=(購入金額)×(IRR×保有期間)

であるので、これをIRRについて解けば、

IRR = {(キャピタル・ゲイン)+(キャリー・インタレスト)}÷(購入金額)÷(保有期間)

となる。

 

これを先ほどの例題に対して当てはめてみよう。

IRR = {(キャピタル・ゲイン)+(キャリー・インタレスト)}÷(購入金額)÷(保有期間)

  = (-250,000 + 1,000,000) / 100,000,000 / (3/12)

    =  0.03

=  3%

となる。一般にこのIRRが資金調達コストよりも高い場合、有価証券の所有期間利回りが資金調達コストを上回ることになるので、無リスクの収益を生み出す。先ほどの例題1では、このIRRが無担保の資金調達コスト(2%)を上回っていたので、これは無条件に(ノータイムで)利益確定となる。例題2の場合は、無担保の資金調達コスト(6%)に対しては、IRRが下回っていたが、あきらめずほかの資金調達先を探した結果、レポ市場では有価証券を貸し出す代わりに資金を(2%)で調達できるので、これでIRRが調達コストを上回ることができたのである。

 

以上のような取引、すなわち「債券を購入しそれと同時に債券先物を売り建てて、先物の決済にこの債券を受け渡す取引」をキャッシュ・アンド・キャリー取引と呼ぶ。 

 

実際の取引例はもう少しだけ複雑である。それは以下の理由からなる。

-          ある債券先物に対して受け渡すことの出来る銘柄(受渡適格債:Delivarable)は限定されていて、その中でも割安、割高な銘柄があり、実際の受渡しには最も割安な銘柄(CTD:Cheapest To Deliver)が用いられることがほとんどである。

-          債券先物は個別の債券に対してではなく、標準物と呼ばれる架空の債券を原資産として値付けがされているので、実際に受け渡す債券の価格は変換係数と呼ばれる数値を債券先物価格に乗じて求める必要がある。

-          債券にはキャリー・インタレストに相当する「経過利息」と呼ばれる利息が売買に際して受け渡される(買い手が売り手に対して支払う)。これはクーポンの支払いは半期ごとであるが、期中に債券を所有した投資家がその所有期間に見合った利息を受け取るのが公平だと考えられるからである。

-          債券の価格や経過利息の計算等は実日数ベースで桁処理等が取引標準として規定されている。

 

取引例)2007516日現在、長期国債先物20076月限とその最割安銘柄10年第262回債にてキャッシュ・アンド・キャリー取引を組んだ場合

(国債先物)

決済日:                 20-Jun-2007

価格:                    134.07

 

(現物国債)

受渡日:                 21-May-2007     (約定日: 16-May-2007)

利回り:                 1.410%

単価:                    103.155

経過利子:             0.7912328

変換係数:             0.768430

 

(実際の約定)

購入金額                           = 1,000,000,000 * (103.155+0.7912328)/100 = 1,039,462,328  

キャピタル・ゲイン           = 1,000,000,000 * (134.07*0.768430) - 1,000,000,000 * (103.155)/100 =  -1,315,899

キャリー・インタレスト    = 1,000,000,000 * 1.9/2/100 - 1,000,000,000 * 0.7912328/100 =  1,587,672

IRR                                    = (-1,315,899 + 1,587,672) / 1,038,462,328 / 30*365 = 0.318

よって、この債券のレポ・レートが0.318%よりも小さければ、投資家はキャッシュ・アンド・キャリー取引により無リスクでの収益が生み出せる。

 

残念ながらこの時点での実勢レポ・レートは0.63%であった。(やはり無リスクでの収益機会などそう簡単には存在しない。あったとしてもそういう機会を虎視眈々と伺っている投資家や投機家たちにより瞬時に取引が執行され、たちまち収益機会が消えうせるのが実際である)


最割安銘柄CTD: Cheapest To Deliver

債券先物を売り建ててそれを現物銘柄で受渡決済する場合、どの債券を受け渡すかの選択権は債券先物を売り建てた側にあるので、通常債券先物の売り手は、受渡しの際に自分の収益が最も高くなるような債券を受け渡すと考えられる。受渡適格債の中で先物の売り手の収益を最大にする銘柄、つまり先物に対して最も割安な銘柄を最割安銘柄と呼ぶ。最割安銘柄は先物の理論価格を決定する銘柄として特に重要である。実際の市場では、この銘柄に限り特別なレポ・レート(SC: Special Collateral)が提示されることも少なくない。

 

債券先物の理論価格

満期日にキャッシュ・アンド・キャリー取引を実施したとすると(つまり0日キャリーする、買った瞬間売るのである)、キャピタル・ゲインのみが利益となるが、このキャッシュ・アンド・キャリー取引を実施することで、この債券先物の売りが集中して結果債券先物の価格は下がり、キャッシュ・アンド・キャリー取引による利益が0になるところで債券先物の価格が均衡すると考えられるので、これが満期日における債券先物の理論価格になる。一方、満期日より前の場合はキャッシュ・アンド・キャリー取引を実施した場合の無リスクによる収益が0となる債券先物の価格が理論価格となる。言うまでもなく債券先物の価格がこの理論価格より高い場合キャッシュ・アンド・キャリー取引が、逆に安い場合はリバース・キャッシュ・アンド・キャリー取引(現物売り、先物買い)が多く執行され、最終的に債券先物の価格は理論価格に収束する。

 

具体的なケースで見てみよう。

 

例1)   決済日

200739日(取引最終日)現在、長期国債先物20073月限とその受渡適格債(第259回債、第258回債、第262回債)3銘柄について以下の価格が得られたとする。

決済日においては、キャリー・インタレストを考慮する必要が無い。仮に現物価格が取引日から決済日まで動かなかったとする(先物の値段は取引最終日以決済日まで変わらない)と、P/Lはキャピタル・ゲイン(すなわち(先物価格×変換係数)−(現物価格))のみということになる。

 

銘柄

259回債

258回債

262回債

備考

クーポン

1.5%

1.3%

1.9%

 

利回り

1.345%

1.355%

1.350%

 

価格

100.993

99.647

103.640

 

変換係数

0.745838

0.734542

0.761767

 

先物価格

135.45

 

先物受渡価格

101.0237571

99.4937139

103.1813402

先物価格×変換係数

先物売り手利益

0.031

-0.153

-0.459

先物受渡価格−現物価格(キャピタル・ゲイン)

理論先物価格は、先物売り手利益0となる価格

現物価格÷変換係数

135.4087617

135.6586826

136.0520999

つまり先物が売られ、価格がここまで下がってくると考えられる。

理論先物価格:現物価格÷変換係数の最小価格

135.4087617

これ以上は売られない。なぜなら今度は現物売り、先物買いにより、無リスクの収益が生み出せるようになるからである。売った現物(この場合、第259回債)と異なる銘柄が受け渡されるリスクが全く無いわけではないが、それはほとんど起こらない。なぜなら、ほかの銘柄を受け渡す場合、先物の売り手はより大きい損失をこうむることになるからである。

裁定後の先物の売り手の収益

0.000

-0.184

-0.490

 

 

実際の最終先物価格は、135.45円、取引最終日から決済日までのIRR3.13%まで拡大していたが、前日(38日)の先物の引値が135.28円であったことを考えると、かなりの精度で理論先物価格に収束していると考えて差し支えないだろう。

 

例2)   取引期間中

2007516日現在、長期国債先物20076月限とその受渡適格債(第262回債、第261回債、第260回債)3銘柄について

取引期間中は、キャリー・インタレストおよびファンディング・コストを考慮する必要がある。P/Lは、(キャピタル・ゲイン)+キャリー・インタレスト−(ファンディング・コスト)ということになる。この例の場合ファンディング・レートにレポ・レートを採用している。

 

銘柄

262回債

261回債

260回債

備考

クーポン

1.9%

1.8%

1.6%

 

利回り

1.410%

1.420%

1.420%

 

価格

103.155

102.445

101.158

 

変換係数

0.768430

0.762782

0.751486

 

先物価格

134.07

 

先物受渡価格

103.0234101

102.2661827

100.751728

 

経過利子

0.7912328

0.749589

0.6663013

 

キャリー・インタレスト

0.1587672

0.150411

0.1336987

このケースの場合、3銘柄とも決済日に支払われるクーポン収入と購入時に売り手に支払う経過利子の差がキャリー・インタレストになる。

(クーポン÷2)-(経過利子)

レポ・レート

0.63%

0.63%

0.63%

 

ファンディング・コスト

0.0534145

0.0530469

0.0523804

ファンディングレートにはレポレートを採用

(現物価格×ファンディング・レート×保有期間)

先物売り手利益

-0.026

-0.081

-0.325

先物受渡価格−現物価格+キャリー・インタレスト−ファンディング・コスト

IRR

0.32%

-0.33%

-3.26%

 

理論先物価格は、先物売り手利益0となる価格

(現物価格−キャリー・インタレスト+ファンディング・コスト)÷変換係数

134.1046771

134.1772931

134.502874

 

理論先物価格:(現物価格−キャリー・インタレスト+ファンディング・コスト)÷変換係数の最小価格

134.1046771

 

裁定後の先物の売り手の収益

0.000

-0.055

-0.299

 

 

債券先物理論価格の一般式

これまでの考察から、債券先物理論価格は一般に以下の式で定義できる。

ただし、

F:          理論先物価格

              CF:        変換係数

              S:           最割安銘柄の価格

              r:           ファンディング・レート

              q:           クーポン・レート

              T:           先物の満期までの期間

 

なお、ファイナンス理論では株式先物の理論価格を定義する場合に、はこの一般式を連続複利に拡張した、

             

という式が用いられることが多い。こうすると微分がしやすいだとか、何かと便利である。

 

これは以下のようにして導かれる。

              F:          理論先物価格

              CF = 1: 先物がこの株式を原資産とする場合、変換係数は1のはず。

              S:           株式価格

              r:           リスク・フリー・レート(これがこの株式のファンディング・レートに該当する)

              q:           配当利回り (運用利回りに相当)

              T:           先物の満期までの期間

調達および運用を1年当たりn回の複利運用した場合、先の一般式は以下の形に書き換えられる。

             

これを連続複利に拡張する、つまりnを無限大とする極限をとると、

             

となる。

 

(余談)

キャッシュ・アンド・キャリー取引は債券先物等、先物の決済に現物を受け渡す「現渡し」と呼ばれる決済が可能な先物に対してのみ可能な取引であるが、じつはまったく同じ考え方およびほぼ同様の取引形態を差金決済しか認められていない先物にも適用することができる。代表的な例に、株式指数先物と株式指数を構成する現物株を用いた「インデックス・アービトラージ」と呼ばれる取引手法がある。

理論株式指数先物価格と現物株式の価格をリアル・タイムで計算し乖離があると認められた(例えば株式指数が割高だと判断された)場合に、瞬時に株式指数先物を売り、その株式指数を構成するすべての現物株式銘柄を瞬時に買うのである。この様な離れ業は到底人の手では実現できるはずもなく、実際にはコンピュータによるプログラムトレーディングにより執行される。また、株式指数と同様の経済効果を持つためには、株式指数の構成銘柄すべてを構成割合に則って買う必要があり、計算のスピードもさることながら、膨大な資金を必要とするので、到底普通の個人が執行できるような取引ではなさそうである。(ヘッジ・ファンドや、証券会社の自己取引部門等の専売特許であろう)

なお、株式指数先物には差金決済しか認められていないと言ったが、満期を迎えた場合に清算に用いる価格が最終清算価格(SQ: Special Quotation)と呼ばれるものである。SQは株式指数先物の取引最終日の翌日の朝に取引所で付いた始値に基づいて決定される。インデックス・アービトラージのポジションを組んでいる投資家は、差金決済によりその先物の建玉を強制的に清算されるため、同様に現物市場ではインデックス・アービトラージのポジションの解消のためにそれまで大量に買われていた現物株の売りが出てくる。これがSQ日の近辺では通常に比べて大量の取引が執行されている理由のひとつである。